【SO3】創造者とは何なのか?作品紹介 ※ ネタバレあり l アデの半可通日記


【SO3】創造者とは何なのか?作品紹介 ※ ネタバレあり

SOシリーズの根底を覆した作品でもあり、評価も2極に分かれたSO3。戦闘システムは4人から3人に、またグラフィックの進化に伴いアクション要素を増大。後のシリーズではお馴染みになるじゃんけんのような駆け引きも導入されたのがこの作品。このページではそんなSO3を、ネタバレをなるべく避け紹介していこうかなと思います。


スポンサードリンク

SO3のメインテーマは創造

個人的にストーリーだけみれば、SO3はSOシリーズでも屈指の名作と僕は考えています。しかしながら、この作品のトンデモ展開についていけない人が多かったと聞いていますので、まずは頭にストーリーがすんなり入るように、ちょっとフィクション的な話を書いていきます。

創造とは?

僕たちが存在している世界は、一般的に3次元の世界 と呼ばれています。これはあらゆることを人間が3次元としか認識が出来ないが故に起こる曖昧な表現です。よくアニメなどが2次元などと呼ばれていますが、それは 疑似的に2次元であって、2次元という空間は実際には存在しない と考えることが出来るでしょう。

あんまり物理学とかこの手の数学は詳しくないので、細かい話については各自調べてもらうと助かります。簡単に言ってしまえば、高次元のものを低次元に放り込むと、その次元空間では膨張しているように見えてしまい、認識は極めて困難であるといった具合。だまし絵なんかがそれに近いです。見る角度によって見え方が変わるのと同じように、3次元空間でも同様の現象が起きるわけです。

こういったことを踏まえると、創造者の世界というのは私たちの3次元認識では認識することが非常に難しい領域の話であり、容易に視認することは出来ない存在なんだと言えるでしょう。

創造の行き着く先が子の作成

創造者も人間も、同じように知能を持って考えるとすれば、存在の大きさは違えど、やろうとすることは一緒 と考えて良さそうですよね。もちろん例外もあるんでしょうが、知能を持っているならば人間と同じようなことをすると予想が出来ます。神話がどこか人間ぽいのはそういった考えがあるからなのでしょう。

そう考えれば一部の科学者が人工知能を持った人間に近いロボットを創り上げたいと思うように、神とされる創造者も同じように考えることは、至極当然なことなのです。

親と子の関係

さてこれはあくまでもフィクション的な話ではありますが、この世界が創られた世界である可能性というのは、あながちファンタジーでもないということが理解できましたでしょうか?これが分かるとSO3のお話の真意が見えてきます。

宇宙歴772年 宇宙でも争いは起きていた

知ある者同士が集まってくるとやはり起きるのが、争い。このSO3でも始まりはバンデーン軍に襲われるというとこから始まります。これは異星人であっても人間であっても基本的に一緒。様々な考え方が存在するわけですから、争いも当然起きるわけです。それが宇宙であっても国であっても一緒。この流れはフェイトたちがたどり着くエリクール2号星でも起きますし、FD世界でも争いこそないものの、対立のようなものは起きています。

このSO3のメイン惑星でもあるエリクール2号星では基本的にいつも通りのSOシリーズといった流れ。各地で悩みや問題などを解決して、親睦を深めていく。ただそれで終わらないのがSO3。そこから物語は大きく変わっていきます。

FD人の存在

SO3の本番ともいえる新たなる世界、それが FD世界。始めてプレイしたときは、どんな神々しい存在が出てくるのかと思ったわけですが、実際は僕ら人間と大差の無い存在というオチ。多くのプレイヤーが度肝を抜かれた展開ではあったかと思いますが、当時の僕が驚いたのは最初だけ。それは先ほども書いた通り、このSOの世界の設定で考えれば、ごくごく当たり前のことである からですね。

僕たちが命を造ろうとしたときに、そこにある見本、例えば子供というのは当然人間という存在であり、出産を介さずに子供を造りあげるということの最終目標は、人間に中身も外見もいかに近づけるかというとこにあるわけです。

これを踏まえれば、SO3の世界 (エターナルスフィア) の住民とFD世界の住民の容姿が似ていることというのは、実際当たり前のことになります。逆に全く容姿が違っている方が怖いくらい。というわけでこのFD人というのは、プログラムとしてエターナルスフィアを創ったとは言うものの、エターナルスフィアとFD人というのは、親 (FD人) と子 (エターナルスフィア) の関係と考えることが出来ます。

親と子の立場の違い

このFD世界突入後からSO3は加速度的に物語が進んでいきますが、終始語られるのは親と子の関係性。一見スケールの大きすぎる話のように思えますが、僕たちも身近で経験している両親との関係にすごく似ています。

現実の親子関係というのは、基本的にお腹を痛めて生んだ子供であるわけですから、一部極端な事例を除いて大切に子を育てる家庭が多いし、子供に虐待をするなんてことはほとんど無いと思います。それは お互いが人間という立場であるから ということが大きいです。

さてこのFDとエターナルスフィアの関係性はどうなのか?これは分かりやすく言えば、僕たちが昆虫のような存在を飼う ような事例に近いです。FD人にとっては、エターナルスフィアの住民というのは、人権もなく対等性も無い存在として認知しているわけで、データと呼んでいるのを見れば、へたしたら昆虫以下の存在としての認識すらあるかもしれません。

まあそりゃそうでしょ。パソコンで文字を打っているときに間違えたとしても、何のためらいもなくバックスペースキーを使ったりするでしょう。いわばフェイト (主人公) たちってのは、パソコンでいう文字の存在に近いわけですから、FD人の視点から見ればそう思ってしまっても不思議ではないわけです。ではなぜFD人という存在が悪のように感じてしまうのか?ここが今作のSOシリーズの肝となる部分です。

エターナルスフィアでの冒険を無駄にしたくないという気持ち

僕たちはエターナルスフィアという空間で数々の体験をしてきました。それはSO3だけではなくSO1、SO2でもそうです。FD人にとってはただのプログラム世界であっても、エターナルスフィアの世界の住民にとっては、その世界こそが真なるものでありすべてになっているのです。これがSO3の面白いところ。

このお話をもし外伝として単発作品で出していたら、おそらくエターナルスフィアの世界にここまで感情移入をすることは出来なかった と僕は考えています。もちろんFD人の中にもエターナルスフィアの安易な削除はいけないことだという、認識を持っていた人もいるにはいますが、それはほんの少数の意見。基本的に自分らの造ったゲームプログラム残すも消すも製作者の自由のはず。

そういったことを踏まえると、SO3という作品は形こそSFを題材にしているものの、その中身というのは リアル世界でいうところの細胞のような立場 の世界を体験しているようなゲームであり、弱き者にも語ることの出来る壮大なストーリーがあるんだ、というのを感じさせてくれるような、創造力を促すゲームであると僕は思っています。

分かりやすく言えば、僕たちが細胞の働きを見て壮大な物語だなと思うようなことはほとんど無いと思うけど、もし細胞の視点に立って見てみたらその細胞の物語ってのは、すごく過酷で大変なものかもしれないといった、感じ。つまり、物語ってのは視点によってその感じ方もスケールも変わってくる わけで、そしてその違った視点について自分の立場から考えてみることこそが創造になり、一つの形を生み出すきっかけになるということです。

今回はそういったプレイする人によって、感じ方が変わる壮大な作品SO3の紹介でした。後半は少し駆け足になってしまいましたが、ぜひ興味があればプレイしてほしい作品の一つ。SO5との直接的な繋がりは無いだろうけど、またエターナルスフィアという冒険の舞台に歴史が刻まれるわけです。その歴史が刻まれるたびに、このSO3は間接的な進化を遂げていくそんな作品であると僕は思っています。


スポンサードリンク
g4395
so5bo



良かったらSNSでシェアして下さい!

  • Pocket
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Related article